「芦辺拓「殺人喜劇の13人」」
芦辺拓は幻想小説の短編での受賞歴があるが、第1回鮎川賞受賞作が単行本デビュ-だった。
本格ミステリ作家・鮎川哲也の名がつき、「本格を求める」鮎川氏の言葉を募集内容とした公募の長編賞だ。
日本では作家の名が付いたミステリ賞は複数あるが、公募長編となると、江戸川乱歩賞と横溝正史賞と鮎川賞になり、いずれも作者の存命中に誕生している。
乱歩賞と横溝賞は、広義のミステリが対象であり、受賞作には色々なジャンルが含まれるが、鮎川賞は本格ミステリが対象となっている。
第1回鮎川賞は1990年に出版されたが、業界的には第0回と呼ばれるものがあり、ミステリ叢書の13番目の椅子として公募された、今邑彩「卍の殺人」がある。
第1回応募作は71作で、最終選考には佳作となった二階堂黎人の他には西澤保彦の名がある。
選考委員は中島河太郎・紀田順一郎・鮎川哲也でありその選評を読むのは楽しいし、そのメンバーはその20年前の「幻影城・新人賞」時代と重なる。
長編公募賞は出版が条件であり、しっかりしたハードカバー出版本だ、だが後の文庫化では色々と変遷があった。
(2021/06/08)
「藤本泉「時をきざむ潮」」
江戸川乱歩賞は、第3回から公募の長編賞となったが、規定上は未発表作ならば新人でも既存作家でも応募は可能だ。
それ故に既に著作を出版している作家や、雑誌等に作品を発表している作者の受賞も多い。
また受賞なしや、2作同時受賞も複数回ある。
1977年の第23回は「梶龍雄・透明な季節」と藤本泉・時をきざむ潮」との同時受賞だが、両作者とも既に作家と活躍していた。
選考経過には「藤本泉氏は、すでに作家として一家をなしている方であり」となっている。
伝奇ミステリ「潜在するエゾ共和国」シリーズが書かれ始めていて、「時をきざむ潮」はその2作目になる。
個々の作品への影響は少ないシリーズであるが、シリーズ作での受賞は珍しい。
藤本泉のプロファイルは、フランスで消息不明で終わっている。
乱歩賞受賞作は書き下ろし出版になり、初期は箱装だったが、この頃は既にハードカバーの単行本だ。
(2021/06/18)
「和久峻三「仮面法廷」」
和久峻三は新聞記者から弁護士になり、多数の法廷ミステリーを書いた。
「ミステリー作家になるために弁護士になった」と言う話はよく知られているが、法律・法廷知識が小説に生かされている。
長編「仮面法廷」は1972年第18回江戸川乱歩賞受賞作であり、本格的な作家活動を始めた作品でもある。
和久作品には弁護士を主人公にしたシリーズが多数あり、レギュラーも多い。
一方では検事を主人公にしたシリーズも複数あり、地方検事であり捜査検事としても法廷検事としても活躍する。
経済小説や国際小説や情報小説や時代小説に近いものも書いた。
「仮面法廷」は地面師が登場してその詐欺事件から殺人事件へと拡がり、民事裁判が詳しく描かれて行く。
初出本は受賞書き下ろしのハードカバーだが、それ以外は作者の言葉と、短い選考結果のみで選評は載っていない。
最終候補作の作者は、皆川博子・井口泰子・中町信・山村美沙であり、プロとして多数の作品を書いた名が並ぶ。
(2021/06/29)