古書日記(2023/01)

「佐野洋「第112計画」」

佐野洋は1953年に新聞社の入社して地方部や社会部では働き、その中で1958年に短編コンクールに入選した。

翌年の1959年に専業作家となり、初長編「一本の鉛」を書き下ろした。

直ぐに、「賭けの季節」「二人で殺人を」「秘密パーティ」らを発表してトップ作家となった。

「第112計画」は1961年に東都ミステリ叢書として出版された。

本文と作者のあとがきがあり、さらにカバーに作者紹介と写真がある。

あとがきで作者は「作品は発表するたびに、色々な英米作家に作風が似ていると言われ、その度にそれらを読む。

漸く翻訳されてきた黄金期の英米作品は優れており、それは伝統なのかと思う。」と書いている。

本作は詐欺の新商売を考えた男の行動を描く、作中に佐野洋「欠員製造業」が登場する。

(2023/01/09)

「島田一男「終着駅」」

島田一男は1946年に雑誌「宝石」の短編コンクールでデビューした。

直ぐに多数の作品を発表して人気作家となった。

新聞記者を主人公にした作品群とシリーズを発表して、多数のシリーズを手がけた。

長編「終着駅」は1962年に東都ミスステリ叢書の1冊として発表された。

国鉄とそこの鉄道公安官の海堂次郎が主人公のシリーズ作品だ。

本書は作者あとがきと、カバーに作者近影と紹介があり、さらに山田風太郎の短文がある。

作者は後書きで自身のシリーズについて語り、「鉄道公安官は8作目の中編を新聞連載中」としている。

さらに「鉄道公安官シリーズは地方への取材旅行が必要であり、3年間に8中編しか書けていない」と言う。

多作の作者には、作品数の基準が一般とは異なるようだ。

(2023/01/19)

「鮎川哲也「人それを情死と呼ぶ」」

鮎川哲也は昭和23年に中川透名義でデビューして、いくつペンネームがある。

昭和32年に「黒いトランク」を発表してから、鮎川名義に変えた。

江戸川乱歩編集の雑誌「宝石」への長編連載を開始して、一気に代表作家となった。

「人それを情死と呼ぶ」は1961年に東都ミステリ叢書の1作として出版された。

作者のあとがきと、カバーに作者紹介と写真がある。

作者のあとがきは短いが、その後に引用されたり考え方として紹介される事になった。

「本編にはスリリングな場面はない。作者はハードボイルド好きを除いた凡ての人に喜んでもらえる小説を書きたいと念願した」。

「汚職問題が登場する。本格作家がそれをどう料理するか。興味の1つはそこにある」

「中編を濃度を薄める事なしに長編に書きなおした、本格作家は如何に再構成したかが興味の2つめがそこにある。」

(2023/01/29)