「土屋隆夫「妻に捧げる犯罪」」
土屋隆夫「妻に捧げる犯罪」は、1972年に光文社から出版された、この本から土屋の新作は光文社からの出版が増える。
光文社の「カッパ・ノベルス」という新書版の叢書の1冊だ。
「妻に捧げる犯罪」は、ノベルスのカバーに、著者近影写真と、鮎川哲也にとる著者紹介があり、さらに著者のことばがある。
鮎川の紹介文は「(前略)、推理作家としてスタートを切って二十年、仲間の大半は筆を折ってしまい、いまや土屋隆夫氏の独走といった観がある。(中略)つねに濫作をさけ、 納得のいく作品だけを生み出してきたからだろう。(後略)」とある。
著者ことばでは、「(前略)、わたしの作品系列から見れば、異色と呼ぶべきかもしれない。しかし毛色は変わっているが、嫡出子としての容貌はそなえていよう。(後略)」とある。
土屋作としては異色作であり、代表作として推す人は少数だろうが、人気ノベルスから出た土屋の久しぶりの新作であり、3年後に購入した私の保有本は増刷14刷となっている。
本作以降は、千草検事シリーズが少数書かれ、その後はノンシリーズに移ってゆく。
(2025/11/02)
「土屋隆夫「盲目の鴉」」
土屋隆夫「盲目の鴉」は、1980年に光文社から出版された。
光文社の「カッパ・ノベルス」という新書版の叢書の1冊だ、この作以降はハードカバーの単行本での出版になる。
本文と作者の「あとがき」と権田萬治の解説がある。
「盲目の鴉」は、ノベルスのカバーに、著者近影写真と著者紹介があり、さらに大西巨人の短文がある。
あとがきで「『泥の文学碑』という短編がある。(中略)これを長編に書き下ろしてみたい(中略)。大西巨人氏の『神聖喜劇』の完結を知り、(中略)『日本遅筆レース』の最終ランナー として、よろよろとして走りつずけなければばらなかった。(後略)」
権田の解説は「文学的ロマン豊かな本格推理」の題で、「泥の文学碑」の事、千草検事シリーズの事、「盲目の鴉」のストーリー、「盲目の鴉」の題名と詩人の大手拓次の作品について、。。」 等を述べている。
大西巨人の文は「期待作完成」の題で、探偵小説と、土屋と、大手拓次の詩作と「密室の幻影」について、書いている。
「盲目の鴉」は「妻に捧げる犯罪」からの8年振りの新作であり、これについて度々上記の文で述べられている。
(2025/11/17)
「土屋隆夫「不安な産声」」
土屋隆夫「不安な産声」は、1989年に光文社から出版された、帯に「「盲目の鴉」から9年」と書かれている。
本作以降は、出版社は光文社が中心になり、ハードカバーの単行本サイズとなってゆく。
本体に著者近影の写真があり、佐野洋の解説がある。
その内容は佐野が書いているように、土屋作品との出会いと、土屋が過去に書いている文章の紹介であり、その後に少しのこの作品の解説がある。
「(前略)。個人的な思い出にページを使いすぎたが、この小説についても一言触れて置こう。恐らく出版社は『土屋氏の何年ぶりの書き下ろし』というような宣伝をするであろう。 しかし、久しぶりであろうと、先月出して今月だろうと、作品の価値とは関係ないのだ。要はそれが面白い小説であるかどうかだ。その意味では、これは決して読者を失望させない小説だと保証するが、同業の後輩からみると、使われている技法が新鮮で、なるほどと勉強になった。(後略)」
長編「不安な産声」は、千草検事シリーズの最終作だ。
「過去の章」と「現在の章」が犯人側から書かれ、その次の「事件の章」が検事の側から描かれる、最後の「未来の章」は犯人の上申書として書かれている。
佐野は「上申書は倒叙の手法とも違っている。上申書は手紙であるから、その形は自由であり、作者が思う存分腕を振るうことができる。(後略)」と書いている。
(2025/12/02)
「土屋隆夫「華やかな喪服」」
土屋隆夫「華やかな喪服」は、1996年に光文社から出版された長編だ。
「華やかな喪服」は、ハードカバーの単行本で。帯に「『不安な産声』から七年--。」とある。
カバーには、「畢生尾の書き下ろし長編」と書かれており、本文のあらすじが書かれている。
この頃の土屋は、オーソドックスな本格推理小説ではなく、小説技法での色々な試みを行おうとしているようだ。
それ故に、千草検事の様なレギュラー探偵は起用せず、問題編と解決編のような書き方でもない。
それは、初期の長編のような作品を期待している人とは、乖離が生じたようだ。
本作は主に、二人の登場人物の、由紀と江森警部補の視点から交互に描かれており、それぞれが異なる謎を持つ二人探偵とも言える扱いとなっている。
二人が出会うまでをサスペンス色が濃く描き、出会うと一気に急な展開になってゆく。
(2025/12/17)